早期英語教育の意義・目的

yonのつぶやき

私自身、バイリンガルへの強い憧れもあり、自分の子どもがバイリンガルになれればいいなぁと思っていました。「バイリンガルになれればいいなぁ」以上に、「絶対バイリンガルに!」というほどの意思や戦略があったわけでもなく、しいて言えば、「どうすればより楽に外国語を話せるようになるのだろう?」という興味を持っては自分なりに趣味の範囲で学んでいました。同時進行で妊娠、出産、子育てと月日が経っていき、バイリンガル教育への関心以上に、日々が充実というか、アップアップというか、とにかくただ過ぎていくというか・・・そんな感じで過ぎていきました。こども英語教育に関しての転機は、英語教室を開講した時ですが、この時、長男は小学校2年生。さすがに本腰を入れて取り組むのにリミットだろう、と感じていた時です。そこから約4年がたった今、早期英語に「きちんと」「適切に」取り組めば、いわゆるバイリンガルやそれに近い力をつけることも可能なこと、そしてその方法も分かりました。あれだけ憧れていたバイリンガルですが、結局わたし自身は、その選択をせず、かと言って、我が子への英語をないがしろにしているわけでもなく、言ってみれば中途半端に取り組んでいます。

いったん「英語教育」をわきに置きます。子育てをしていると、当然、親が子どもにやらせたいことや通ってほしい道というものが出てきます。しかしそれらは、なんとなく夢物語くらいに考えておきながら、親は子どもの自由を見守るのが良いのだと思います。中学受験をする・しない、習い事をはじめる・やめる、なんの部活に入る・入らない、なども含めて、全部当人の意思で決めるべきだと思います。ただし、子どもが小さなころは、色々な経験をさせて、その中から好きな遊びや習い事なんかを見つけられるといいのかなぁと思います。我が家の場合、がっつりスポーツをやられたいという思いがあり、親の希望と本人の希望がマッチしたところで野球をやってきました。今後も野球を続けるのか、やめるのかは、本人の選択です。おそらくですが、こうして身近なところから自分で選択することで、自分の好きor得意分野を探求することにつながるのだと思います。まずは、そこまで育てていけるとよいのかな、と。

それで、自分の好きor得意分野を探求する段階になったとします。年齢で言うと、高校生くらいをイメージしていますが、そのころに、早期英語教育のいったんの目指すべきゴールがあると思っています。それは、自分が携わる分野について、抵抗なく英語で情報を得たり、もっと踏み込んで英語で発信する姿です。例えば、高校生になっても野球を続けていたとしましょう。野球そのものの情報を英語で得ることもできます。しかし関連事項として、例えば、アスリートとしてのメンタルだとか、栄養学だとか、統計的な何かとか、チームマネージメントだとか、少し思いつくだけでも、多岐にわたり、情報を得られる可能性があり、そうできることで探求に深みがでて、楽しさも増します。例えば、野球はやめてしまって、化学探求に目覚めたとします。(実は、長男にはこの方が合っているのでは?とひそかに思っているのですが、正しいかどうかはその時の本人の選択にはなります。)化学の分野などは、すでに高校でも国際的な視野で研究を進めたりする動きもあり、研究と英語はリンクしやすです。例えば、スポーツもアカデミックなものも無縁で、ファッションやコスメが好きだったとします。海外のファッションの研究だったり、製品開発や輸入・輸出に興味が出てくるかもしれません。または、日本のギャルやカワイイ文化を発信する側かもしれません。

どうもこれからは、「個」が活躍し、賢い人が稼げ、成功をしていく時代になっていきそうです。これから、というか、すでにそんな時代です。例にあげたように、子どもがある程度成長するころ、自分が関わる分野を追求していく過程で、英語が存在します。小さなころから英語に触れ、英語のセンスを身に着け、英語での情報をストレスや抵抗なく積極的に受けることができる、といういったんのゴールにたどり着くことが、早期英語教育の意義であり、目的なのだと、私は思い改めました。なので、私は、バイリンガルを目指すのではなく(いや、もちろん目指してもいいですし、結果、高い英語力=バイリンガルとなってはいくパターンかとは思いますが。)大人一歩手前段階で、自分の分野と英語がリンクされ、ストレスなく英語と付き合っていける=賢く可能性を広げていける、いったんのゴールに目を向け、これからも、言ってみれば中途半端な取り組みを続けていく次第です。